秒速5センチメートル

を見てきました。以下感想が含まれますが、例によってネタバレ等による他人への影響を一切考慮しない悪辣な人間のブログですので、特に伏せてとかはありません(死)



私自身は前作「雲の向こう〜」が巷で高評価を受けている割には全く楽しめなかった人間なのですが、それでも今回はなかなか楽しめました。1時間、というとても短い時間はやはり3本のストーリーを展開する上で否応無く頼りなく感じられてしまい、これが2時間映画だったら――とは何度となく上映中から思わずにはいられなかったのも事実ではありますが、短い枠の制限の中で観客に印象を与える為の最大限の努力は技術として安直に心を打ちました。

ただ、それが物語として心を打ったかは全く別の話というのも同時に感じました。心を打つものは画としての魅力であり、音楽としての感動であり、映像としての巧みが殆どであって、それらが複合したものが心を打つだけ――というのは感動しながらの最中にさえ感じないではいられません。画や音楽や映像としての感動が、物語の導く感動に劣るわけではないのですが、映画は物語の凝縮されたものとして心を打たれたいという気持ちが私には強く、そのことからどうしても人に勧めづらい映画、と分類せざるを得ないところです。


逆に言えばアニメーション作品としての魅力、という意味ではほぼ満点に近いものを認めることができる作品です。新海作品に於ける背景描写の美麗さは勿論のこと、キャラクターの描写も今回は前回と違って非常に良かった気がします。前作ではキャラクターとしての感情の発展が、映画を見ている人間を置いていく足の速さで発展していって、ついには映画としての決め台詞をキャラクターが発しているときに完全に浮いた言葉になっている気さえしましたが。今回は主人公の心を強く打ちつけるものが先導して物語が始まるだけに、そういう心配が無いのも非常に好感が持てるところでした。天門さんの音楽もとても心に入ってきますし、効果音もきちんと作りこまれている印象を受けました。


アニメーションとして不足しているものを挙げるとするなら、それは声としての力量の無さではないでしょうか。全員が全員駄目なわけではないのですが、キャラクターによっては映像としての欠点として浮き彫りになるほど致命的な部分さえ見受けられ、しかもその大半が主役級のキャラクターの演技の悪さが声自身に目立つというものでした。声優を用いることによって、いかにもアニメっぽい作品になってしまうことを避けての役者起用なのかもしれませんが、声の担当は声のプロに任せるべきです。前作でもこの辺は酷かったと思うのに、今回も酷いように思えてしまったのは残念で仕方ありません。演技のプロ=声による演技のプロではない、と痛烈に感じさせられてしまいました。

そんな全体としての配役の声の悪さが逆に良い結果を生んだ場所もあります。それは第2章「コスモナウト」で、これに関してはヒロインの心情が見ている人間に訴えかける力ひとつで第2章そのものが良くもなり悪くもなる、それぐらい声の演技に総てが掛かっている場所でした。しかし第2章に於けるヒロインの声はその他主役陣の悪さを総て吹き飛ばし、澄田花苗というキャラクターはとても心に深く響いてきます。作品中で最も強い感動を覚えたのが第2章だった、という方も多いのではないでしょうか。
それなのに、第3章と見てみると判るのですが第2章は全体の構成として主人公である遠野貴樹の成長を描く章であり、同時に移ろいゆく時間と褪せていくものを描く章でしかありません。故に、そのことが全体として良い結果になっているのかは判りかねますが。


最後に、この映画の伝えたかったことは何なのでしょうか。解答は作り手でしか判らず、視聴した人間は各々に勝手にそれを導いてしまいます。
「子供の頃の想いは直情的なだけに美しくて、けれどそれは成長とともに褪せていく。過去は褪せても嘘にはならず、胸の裡でどんなにも美化されていくけれど、大人になってから思い返しても感動が返るわけではない。つまり――桜はとてもゆっくりと、けれど確実に重力に曳かれて落ちていく。長い年月を経てしまえば、桜のようにゆっくりとしか褪せない思い出さえ深遠の底では見果てなく、ただ漠然と美しい過去を思いながらも大人になってしまった今の自分には何一つ実感を伴って手繰られはしない」
そんな風に二重に主題を重ねて作品が訴えているように、私には感じられました。だとしたら悲しすぎる作品なので、もちろんこれは私が勝手に思ってしまった感想でしかなく、そんな作品ではないのでしょう。


十分に値段分は考えさせられる映画でした。上映時間が短いもので、見終わった直後には物足りなさも感じられたものですが。